その時間を最高に楽しむために。
家づくりを始める多くの人が、初めての家づくりであろう。
一生に一度の大きな買い物ゆえに、「失敗したらどうしよう」という不安や
「何から手を付けていいのか分からない」という悩みを抱く人は少なくない。
しかし、そんなことよりも、絶対に言えるのは、「家づくりは最高に面白い!」ということだ。
家づくりを数多く手がけた立場、数多の施主の声を聞いてきた者たちによる、クロスオーバートーク。
いま求められている家づくりや、家づくりの魅力、楽しさとは何かを紐解いていく。
心地よく暮らし続けるための 本質を見極める。
Feature | Sept.2020
戸田悟史 (とだ・さとし)/1974年東京都生まれ。1997年に芝浦工業大学建築学科
卒業、1999年芝浦工業大学大学院建設工学専攻修士課程終了。その後、大田純穂建築設計研究所にて数多くの個人邸、商業建築を手がけ、2009年にトダセイサクショ一級建築士事務所を開設。2016年株式会社トダセイサクショ一級建築士事務所を設立。要望とデザインをまとめ上げ、建物のバランスを取る設計を心がけている。
君島貴史 (きみじま・たかし)/1975年東京生まれ。君島and株式会社 代表取締役。横浜を中心に150棟以上の建築家との住まいづくりに携わる。デザインと性能を両立した住宅を提案し続けています。「愉しくなければ家じゃない」をモットーに、住宅ディレクターとWebマガジン「andarchi」の編集を行っています。
事業の確実性を高める
結城 今こうして君島さん、戸田さんとお会いしている場所は君島andモデルハウスです。さて、最初はモデルハウス見学のことからお聞きします。家づくりの取っ掛かりはをと聞くと多くの人が「住宅展示場、モデルハウスに行った」と答えます。家づくりのことをあまり知らずにいきなり内覧に行って、営業スタッフに案内されて説明を受けますが、見ているのは間取りとか素敵に彩られたインテリアくらい。ほとんど上の空で聞いているようで、それを見ていて何か歯痒くもったいないように感じてしまうことがあります。
戸田 確かに、特に住宅展示場のモデルハウスは大きくて、オプションだらけですしね。素敵だけれども、あんな家は建てられないという感想を抱く人がほとんどですよね。
君島 そういう点では、君島andモデルハウスは身の丈サイズ。だって実際に、私たち家族が住んでいますから。
結城 そうですね。でも、きれいですね。完成後、2年半も経っているなんて思えない。
君島 まあ、年間250組くらいの方が見学に来られるので、いつもきれいにしていなきゃね。でも、そのほうが掃除の癖がついていい。
結城 話を戻しますが、内覧では予め聞きたいことを頭に入れてから行ったほうが有意義だし、その場で感じたことをどんどん質問としてぶつけてもいい。そうすると何らかの答えが返ってきますよね。
戸田 その部分が、私たち建築家や建築会社の腕の見せ所ですからね。ぜひ聞いて欲しいですよね。こっちは話したくてうずうずしているんだから(笑)。
結城 その答えによって「この会社はイケてるな」とか「ダメだな」という判断軸ができますよね。ちなみに今日はとても暑い日なんですが、玄関を入ったらすごく快適でした。ここは全館空調ですか?
君島 全館空調です。ちなみにエアコンは1台だけですけれど。
結城 1台だけ?吹き抜けがあって1階は広々としたワンフロア。さらに2階も含めエアコン1台ですか?
君島 はい。うちの場合、いわゆる全館空調システムではなく、一般的なエアコン1台だけで全館空調を実現しています。
結城 一般的な全館空調システムだと300万円はかかりますよね?
君島 そうですね。君島andモデルハウスの場合、23畳用のエアコン1台。17万円ほどです。
結城 全館空調システムの場合、耐用年数は15年から20年。交換となるとまた300万円かかる訳です。もしここで交換となっても17万円だと、その差はめちゃくちゃ大きいです。それは魅力的ですね。
戸田 ランニングコストの差を考えると、その分、上物にもっと予算がかけられるようになりますよね。そうなると、もっともっと素敵な家がつくれる。
君島 当社の場合、デザインに強いこだわりを持ったお客様が多いんですね。するといきなりデザインの話になっちゃう。でも、ちょっと待ってください、と。いくら格好良くても、間取りが素敵でも、冬は寒く、夏は暑い家では本末転倒ですよね、だから住宅の基本性能が何よりも重要なんですよという話をします。
戸田 室温のバリアフリー化を図ると。ちなみにバウハウスデザインの家は高気密・高断熱住宅なんですが、基本性能がとても優れているんです。ちょっと専門的な話になりますが、気密性能を測るうえで隙間面積(C値)というものがあるんですけど、それが0.3(cm2 / m2 )以下が標準値なんですね。今までの省エネ基準のC値が5.0(cm2 / m2 )ですから、その差は歴然!
君島 だから吹き抜けはもちろん、間仕切りの無い開放的な空間をつくり上げることができるんです。正確にいえば、どこで建てても構造的な問題や法規制さえクリアできれば、吹き抜けや大空間は実現できます。でも、そこで快適に過ごすためにエアコンを何台も、ガンガンつけてないと暮らせないのなら、いい家とは言えませんよね。光熱費もばかになりません。
結城 そうですね。吹き抜けとかリビング階段をつくったのはいいけれど、特に冬になると寒くて後悔している、なんてお話を取材しているとよく聞きます。
戸田 我々建築家も、この住宅性能を理解しているから、思い切った設計ができるんです。
結城 住宅の性能を考えずに、あまり最初から開放的な空間を求めても難しいということですね。これも建築会社選びのポイントのひとつのような気がします。
君島 正直、施主様はそこまで気が回らないでしょうけれど、少なくとも吹き抜けや大空間をつくると空調の問題が生じることは頭に入れておいたほうがいいでしょうね。ちなみにこの家は換気計画もしっかりと行っています。シューズクロークとトイレに換気口を設けていて、キッチン側から玄関側に向けて空気が流れ、吸い出されていくように設計しているんです。だから、いつも空間に微風が漂う。靴などの気になるニオイが室内に入り込むこともありません。きわめて科学的に家をつくっています。
外を閉じているのに自然光がたっぷり。 ポイントはライトウェル
結城 君島andモデルハウスのロケーションは、いわゆる隣家が迫る住宅地ですが、本当に伸びやかで、自然光もたっぷりと注がれますよね。設計上、どんな工夫ポイントがあるんですか?
戸田 ここは三方に家が建ち、どこを向いても囲まれている状態。唯一、開いているのが道路に面した南西方向。まあ、普通はそこを活用しますよね。私も当初そうしたいと思いましたけど…。
君島 西日が嫌いなんです。だからそこは閉じてくれと(笑)。でも、明るくはしてくれと言いました。
戸田 頭痛いですよね(苦笑)。それでも自然光をできる限り多く取り込もうと考えるわけです。そこで出した結論が、北側ぎりぎりに建物を配置すること。つまり南側に隣接する家から少しでも距離を取ろうとしたわけです。
君島 そのアイデアを聞いて、即却下(笑)。というのも、この土地は第一種高度地区といって、日本で最も厳しい斜線制限がかかる場所なんです。そうすると屋根形状が極端な三角屋根になってしまう。そんなの私の美意識の中にはない。許せない。ファサードはスクエアじゃないと嫌だと言いました。
戸田 もうね、ここまでくるとわがままを通り越してイジメでしたね(笑)。北側斜線規制をかわすためには、逆に南東に建つ隣家に近づけなければならない。自然光はしっかりと取り込んで欲しい。でも西日は嫌だ。三角屋根もダメ。さらにリビングは薪ストーブを置きたいから1階で、と言うんですよ。
君島 そう言いながら、建築家は条件が厳しいほど嬉々としますからね(笑)。制約があるほど燃える。だから何とかしてくれるだろうと思っていました。で、出てきたのが『ライトウェル』という発想。おおこれは!って感動しましたね。でも一方で、ね? できたでしょ?とも思いました(笑)。
戸田 ライトウェルというのは、東南角に光を取り込むために坪庭を設けるという発想。これがあることでプライバシーも守りながら、東に昇った太陽を効果的に室内に取り込むことができ、かつ西日の遮断を実現しました。午後の2時くらいまでは自然光を2階の壁に当てることで反射光を生み出して、やわらかな明るい光をリビングに届けます。そして2時を過ぎて西日が強くなり始めたら、その光は外壁によってカットされるように計算しました。もちろん季節によって高度が変わる太陽の軌道も考慮しています。
結城 なるほど。リビングのソファに座りながら、自然光や空を感じられるので心地いいですね。夜には月も楽しめたりして。
君島 そこまで計算しているかどうかは…。
戸田 うーんと、いや見えます!ちゃんと計算済みです!
一同 爆笑
君島 狭小地でいろんな制約や要望がある中でも、こんなにも明るく、心地いい住まいを実現することができるんです。これが建築家とコラボする最大の利点ですね。夕方まで照明をつけなくても十分に明るいですし、外からの視線を感じることもない。まさに外を閉じて、内を開くという、理想的なプランに仕上がったと思います。
人間の視覚認識を巧みに利用することで、より開放感が得られる
結城 明るさの工夫は分かりました。一方でこの大空間、伸びやかさを感じることへの工夫はあったりしますか? ここって1階フロアが60m2 ほどと、そこまで広い家ではないですけれど。
君島 それは設計的な効果ですね。人間って、対角線の距離によって広さを感じるんですね。この住まいは間仕切りがなく、キッチンから薪ストーブのある壁の隅まで、もっと言うと窓を抜けてライトウェルの向こうの壁までを意識することができるので、脳がそこまでを住空間と捉えるんです。だから実際の数字以上に広く感じるんですよ。
戸田 それと吹き抜けがあるので、縦の対角線も長く感じられます。スケルトンの階段をリビングに入れ込むことで“抜け感”を出すことで、開放感も生まれるんです。
結城 伸びやかさを感じさせるため、特に戸田さんがこだわったポイントはどこですか?
戸田 玄関を入った瞬間に飛び込んでくる空間デザインですね。吹き抜けがあることによる縦の対角線がすごく効果的なんですよ。玄関ドアを開けた時、吹き抜けが無ければ空間としての広がりは全然感じませんけれども、5mもの縦空間があることで上下に視線が流れ、そこに光が入ってくることで広さ、心地よさというものが感じられる設計に仕上げています。ここはすごくお気に入りです。完成して見て、まさにイメージ通りでした。
視線の向こうに緑を感じることで、豊かさ、季節感を手にする
結城 ここまでお二人にお話を伺って、いろんな問題やご苦労があったことが分かりましたが、改めて思うのは、そこに施主として参加している自分をイメージした時、打てば響くよきパートナーと家づくりをすることの大切さです。ああではない、こうではない、なんてやっている時間は、一生に一度のエンターテイメントですよね。
君島 家づくりって決めることがやたらと多いんです。たとえば床材1つにしても、どんな素材でどんな色かを決めなきゃならないですし。暮らしのシーンやイメージを想像しながら、一つ一つ積み上げていく作業を楽しんでほしいですよね。
結城 施主様インタビューでは、家づくりにおいて満足度の高い人は、必ずと言っていいほど「家づくりが終わってしまって寂しい」と言われます。それくらい楽しくて、充実した時間だったんでしょうね。
君島 君島andでは、家づくりに外構工事も必ず併せて提案させてもらっています。外構工事はまた後でとか、別の業者に頼むケースも少なくないものですが、うちでは必ず外構工事もセットにしてもらっています。
結城 それは何故ですか?。
君島 暮らしに直結するからです。都市型設計においては、眺望という要素はあまりありませんよね。だってうちみたいに三方囲まれていて、さらに開口できる部分は閉じてしまっているわけですから(笑)。
戸田 そこは閉じろと(苦笑)。
君島 そうなると内向きの設計になりますが、内向きであっても自然を感じることができる工夫はとても重要だと思うんです。たとえばキッチンに立ちながらふと目をやると窓から緑が覗く。ちょっとしたことですが、それだけで心がやすらぎますよ。ここ君島andモデルハウスの場合、ライトウェルのシンボルツリーやキッチン正面の窓の外には常緑樹を植えて、左手の窓の外には秋になると色鮮やかな姿に変わるモミジを植えています。どこの窓を見ても季節感や緑が飛び込んでくるように設計しているんです。
結城 窓の外には壁ではなく、自然を感じる工夫をすることで、三方に隣家が迫っていても心地よくなると。外構工事を後回しにしたり別業者に頼むと、室内設計との連動性や融合性がうまく図れないというわけですね。
君島 緑を植えるとですね、蝶や小鳥が舞い降りてきたりと、眺めにも変化が生まれるんです。夜は樹々をライトアップしていますから、また違った表情を見せてくれますし、室内に置いた観葉植物は、外と中をつなぐ役目を担っていて、緑を身近に感じる効果を生み出しているんですね。こういったトータル提案をすることで、暮らしはより豊かになるわけです。だから当社は、外構工事を分離しない。だって外構工事抜きなんて、裸のまま引き渡すようなものじゃないですか。ちゃんと服を着せてからお渡ししたいんです。
結城 モデルハウスや住宅展示場に出かけた際は、外構プランに対する考え方も質問するといいかも知れませんね。その建築会社の姿勢が見えてくる気がします。
いつの時代も美しさが感じられるよう、シンプルデザインで仕上げる
戸田 この家はとてもシンプルでしょう?それは何故だか分かりますか?
結城 まずは好みの問題。あとは?…
戸田 デザイン性に関しては君島さんから説明してもらったほうがいいと思いますけど、この家を見回してみて、建具類がすごく少ないと思いませんか?
結城 そうですね。ドアは必要最低限で基本的に引き戸になっている。開放しておけるんですね。
戸田 それだけじゃなく、棚やカウンターも必要最小限にしています。それは換気計画、空調計画に影響を与えるから。無駄な出っ張りや引っ込みがないので、効率的に空気を廻すことができるんです。
結城 なるほど。
君島 シンプルなデザインという点でいえば、当社では既製品をほぼ排除します。洗面台も収納もカップボードなども、基本的にすべて造作です。その理由はメーカー品は時代の流行りを捉え、製品化しますので、何年かすると時代遅れのデザインに感じてしまうことがあるためです。いつの時代もデザインが劣化せず、普遍的な美しさを保つためには、きわめてシンプルにデザインすることが大切なんですよ。それが長く快適に、心地よく暮らすための工夫であり、ポイントです。
結城 無垢材を使っていることも関係ありますか?
君島 無垢材を用いているのは、それが経年で劣化するものではなく、月日が経つごとに味わい深さが増すためです。ここにあるダイニングテーブルは6年もの、この家は建って2年半ですから床などは2年半もの、テレビボードはつい最近つくったばかりの1カ月もの。今見ると若干色の違いがありますよね。でもあと3年くらいすると同じ色に追いついてきて、10年くらい経つとフルボディになってくる。これが自然素材を使う一番の良さです。
結城 多くの家は建ったその時が一番美しく、月日が経つにつれ経年劣化します。でも海外の住まいをはじめ、長い間受け継がれる本物の家は、経年美化していきますね。
戸田 そこはしっかりと意識して設計しますよ。当然、予算はありますが、お金をかけるべきところと抑えるべきところのバランスを取るのも、私たち建築家の仕事です。
結城 こうしてお話を聞くと、バウハウスデザインの場合、「どんな家を建てるのか?」ではなくて、「どんな暮らしがしたいのか?」という、人生の楽しさの本質を問う住まいづくりを行っていることに気づかされます。
君島 弊社のショールームにはポスターが貼ってあって、そのキャッチコピーは、『まずは家具』。住宅を考える前に家具を考えましょうと。つまり、自分の好みをちゃんと知ろうという問いかけです。そうすると、椅子から始まって、ダイニングテーブルの上にどういうお皿で、どう盛り付けをして食事を楽しみたいのかが、シーンとして浮かんでくるようになる。そこで初めて家の設計が始まっていく。うちは外観スタイルやあらかじめいくつか用意されたプランの中から選んでというような住まいづくりとは、真逆のスタイルなんですよ。
NEXT 君島貴史×戸田悟史 CrossoverTalk02.「土地と設計の『最適解』 」
Text by
結城シンジ(ゆうき・しんじ) /1965年大阪生まれ。大手情報系出版社を経て独立。以来、住宅系メディアを中心に執筆活動に従事する。現場主義をモットーに積極的に取材を重ね、建築家、建築会社、施主の生の声、本音を引き出し、価値ある情報提供に努めている。取材、ライティングのほか、住宅系情報メディアの企画・運営も手掛ける。
coverage