河合工務店 一宮モデルハウス [ 設計:椙設計室 一級建築士事務所 稲沢 謙吾 施工:河合工務店 所在地:愛知県一宮 ]

素材の質感を活かす設計施工 【前編】

Perspective 建築家 稲沢 謙吾×河合工務店 河合 昭知 Feature|July.2024

建築家 稲沢謙吾 写真建築家 稲沢謙吾 写真
稲沢 謙吾(いなざわ・けんご)/1969年 石川県生まれ。1989年 東京都立品川高等技術専門校 建築設計科 卒業。 1989年-2000年 株式会社古平真建築研究所。2001年 椙設計室 一級建築士事務所 設立。建築家の責務を果たすべく全ての仕事に全力を尽くすこと。建主さんには生活をしていくプロとして全力で設計に参加して欲しい。
河合工務店 河合昭知 写真河合工務店 河合昭知 写真
河合 昭知(かわい・あきのり)/1970年 河合工務店創業。現場で良いものをつくり、満足してもらえるものを提供し続けたい。その仕事の姿勢で、会社の規模が大きくなっても現場管理の仕事をやり続けている。材料を一つ一つ吟味して、職人とともに現場を奔走するのが、社長としての主業務。良いものができる理由を知ってもらいから、現場レポートをブログとしてほぼ毎日配信中。

河合工務店の新しいモデルハウスが愛知県一宮市に竣工した。設計者は、東京で椙(すぎ)設計室を主催する稲沢謙吾氏。河合工務店の施工力だからこそ挑戦できる設計を目指した。河合社長と建築家稲沢氏の答えは、木の本来持つ質感をそのまま生かした設計計画。難しい「設計」「施工」に敢えて挑むモデルハウス建築となった。

敷地を読み込む

国道沿いの交通量の多い道路に面している。道路に並行して縦に長い敷地で、変形した形の土地だった。河合工務店の河合氏は条件の悪さをポジティブにとらえていた。建築家の設計能力を知っているからこその即決即断の土地購入。敷地の条件が悪い分、土地の価格を抑えて購入できるというメリットを最大限活かしたいと考えた。

その河合氏のオーダーに応えるべく建築家の稲沢氏はプロジェクトに向き合うことになる。敷地条件の困難さがある一方、いまだ瓦屋根の住宅が立ち並ぶ古き良き街並みのテイストと共鳴するようなデザインにしたいというインスピレーションも湧いていた。土地のパフォーマンス(メリットやデメリット)に対する考え方に対し、両者は一致していた。難しい挑戦になるが、住まいづくりのプロとして新たな付加価値の創造に向けて設計を進めていくことになる。

敷地に対する建物としての構え

左右非対称の偏心切妻屋根が印象的なファサードの建築となった。敷地の大きさを考慮しながらも、住まいを雨風から守る軒を出した、その軒の出し方も、屋根が厚く見えないようスッキリとしたディテールに調整されている。ちょっとした施工上の話になるが、細かなディテールを建築家と施工者はしっかり共有しながらつくって行くことが大切。外壁に採用された湿式の塗り壁。壁の面積が大きく見える設計では、左官職人の腕の差が見た目に大きく影響してしまう。職人の技量も把握した上での外壁の素材選びとなる。一見、シンプルでオーソドックスな外観からはわからない設計と施工の難しさがあるプロジェクトとなった。

高さを低く抑える

稲沢氏は建物の高さをなるべく低くする設計を心がけた。「天井は高いほうが良いのでは?」という意見もあるだろう。しかし、今回のモデルハウスのプロジェクトにおいては、なるべく屋根の高さを低くするほうが良い設計になるという判断をした。建物の高さを低くすることで、外観のファサードに安定感を与えている。建築家は「建物全体の重心を下げることで落ちついたプロポーションを考慮した」というニュアンスで表現していた。屋根の軒の出幅とのバランスも考慮された日本人にとって安心感のある優しいデザインとなった。道路に近い建物配置にもなっているため、周囲の環境に圧迫感を与えないとの配慮もされた設計。建築家は、建物自体のデザイン性と街並みとのバランスを考えて建物の高さや素材、色などを吟味する。

内部空間にも影響する建物の高さ

建物の高さを低く抑えるという判断をした理由は、室内空間に対する効果を考えたことが一番だったのかもしれない。今回の計画は、2階リビングでソファを置かず、床のレベルで座ったり寝転んだりするライフスタイルを想定していた。床のレベルで座った時の高さが一番落ち着く高さの天井高となっている。屋根裏部屋の低い天井の空間が、こもり感が合って落ち着くのと似たような感覚があった。2階のリビング空間は勾配天井の開放性と母屋下がりの天井のこもり感が同時に感じられる不思議な体験が得られる空間となった。設計の一つ一つには全て理由がある。設計者と施工者が設計段階で最終的に出来上がる空間認識を共有しておくことがとても大切な作業となる。

2階リビングの選択

前述の通り、今回のモデルハウスは2階リビングを選択した。理由は多岐にわたる。1つは、前面道路との関係性。大型車両なども通る比較的交通量の多い道路に面しているため、車の音や夜のヘッドライトの光、歩行者からのプライバシーなどを考慮すると自然と2階リビングの選択となった。南側には隣地の庭が空地として開いている。隣地の庭には、桜の木など緑豊かな環境があった。西側には飛騨高山の連峰を望める景観にも恵まれていた。カーテンを閉めなくても暮らせる環境で、大きく窓を開ける開放的なリビング空間が計画できると稲沢氏が考えた。

内と外との関係性は、窓によって大きく影響される。光の入り方、視線の開放性、プライバシーや音、そして温熱環境に至るまで外の環境との関係性を決める大切な要素だ。住まいに対する要望をしっかりと把握し、住まい手の理解が伴わなければ窓の設計は成り立たなくなる。外との距離や道路との高低差など模型を見ながら確認していくこともお勧めだ。

工務店の意思を感じる設計とした

今回のモデルハウスの建築は、河合工務店としての建築に対する「意思」を表現することが求められた。河井氏は土地の条件を設計の力でメリットに変えたい。そして、河合工務店の施工技術を掛け合わせることで新たな付加価値をお客様に提供できる企業として成長したいと考えていた。その答えとして、「素材をそのまま許容するデザイン」「構造体が意匠となる」などテーマが自然と生まれてきた。建築家稲沢氏のアイデアを加え、難しいミッションに向かって行ったことは、「素材の質感を活かす設計施工【後編】」で述べたいと思う。

ナビゲーター
君島貴史(きみじま・たかし)/1975年東京生まれ。横浜を中心に150棟以上の建築家との住まいづくりに携わる。デザインと性能を両立した住宅を提案し続けています。「愉しくなければ家じゃない」をモットーに、住宅ディレクターとWebマガジン「andarchi」の編集を行っています。

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