静岡葵モデルハウスの挑戦
玄関ポーチと2階の窓の開口部(フレーム)が印象的な「静岡葵モデルハウス」。
この印象的な建物のデザインには理由がある。その理由とは、敷地の特性に関係している。一つ目の特性は、交通量の多い道路に面しているということだ。交通量が多いことで車の騒音や大型車両の通行による振動、そしてプライバシーの侵害などのデメリットを受ける。2つ目の特性は、光の取り込みがしやすい道路側が西であった。西日は、住宅の温熱環境にとってマイナスの要件となる。室内の明るさを確保するために西側に大きな窓などを設けると夏場は西日を取り込むことで室内の温度がオーバーヒートする可能性が出てくる。
この土地の条件に対峙するため、軒を深くし西日の進入を緩和し、室内空間が道路との距離を保つことができることで音や振動の問題とプライバシーの侵害を同時に解決する設計となっている。
用途地域(※1)も準工業地域ということで、住宅専用地域でないため南側の建物も将来高いビルに建て替えられる可能性もある。そのような可能性を考慮し、あえて南側には窓を設けず水回りや収納といった機能を配置するという定石からはかけ離れた設計となっている。南側に窓を配置しなくても1階のスペースに明るさを確保するという設計力が問われる立地条件だ。
住宅工房コイズミの小泉氏は、あえて条件の厳しい立地にモデルハウスを建てることを選択した。敷地条件の厳しさが建築家の設計力を引き出しやすいと考えたからだ。そこで、今回のプロジェクトに白羽の矢が立ったのが建築家藤本氏だ。この挑戦に正面から向き合い建築家としての答えを設計図面に表現する。そこに小泉氏の施工力が加わり、独特な特徴を持つモデルハウスとなった。
(※1)用途地域 : 建築できる建物の種類、用途の制限を定めたルールのこと。
確立したリビングがないというフレーム
このモデルハウスには、確立したリビングというものが無いのが最大の特徴。固定的なリビング空間を作りたくないというのが、今回のモデルハウスの設計思想となった。ライフスタイルを間取りに決められることなく、住み手の発想で多彩な居場所を作ることができるのが狙い。絶対的なリビングの広さを確保しないことで、逆に全てのスペースがリビングに成り得るというユニークな発想だ。多彩な居場所は室内空間だけにとどまらず、玄関ポーチにもアウトリビングの機能を持たせ外部にもフレームをつくり出した。
玄関ポーチの奥行きは居場所としての安心感を与え、ポーチ上部の吹き抜けは開放感と程よい明るさをもたらしてくれる。藤本氏は、この外と中との曖昧な空間を中間領域と呼ぶ。外と中との中間領域はお茶を楽しんだり、本を読んだり多目的な空間として利用可能だ。中間領域に配置した緑は、中からも外からも楽しめる美しい景観となる。吹き抜けの中に伸びる株立ちのアオダモは年月を重ねるごとに成長し、やがて2階にも緑の景観をもたらしてくれるだろう。この景観は、お風呂の窓からも眺められるよう設計されていて、藤本氏の暮らしに対する遊び心を感じる。
玄関を入った瞬間、吹き抜けのある土間スペースと稲妻型の鉄骨階段に出会う。土間スペースを大きくした理由は「中間領域」。今回の設計のキーワードである中間領域は、全ての空間をシームレスにつなげる機能を持ち、全ての空間を居場所にしたいとの意図をインストールする。居場所が多ければ多いほど、「フレーム」が多彩になっていくということだ。
最初は、玄関と室内土間の段差での境界が無いので、戸惑う人も多いかもしれない。しかし、住む人が使用目的を決めればどんな使い方も可能となるので飽きの来ない住まいとなり、いつまでもお気に入りの空間となる。階段下の土間スペースにソファーを置いてみるとリビングにもなるし、引き違いのサッシを開放すれば玄関ポーチのアウトリビングと連動した使い方が可能となる。工具ツールを持ち込んでDIYをやってみたり、こどもの工作の場にもなったりする。とにかく多機能な空間が土間スペースという中間領域なのだ。
ちなみに、基礎断熱を採用する住宅工房コイズミの工法は、土間が冷たくならない。土間スペースを居住空間にするという設計は、HERT G2グレード以上の住宅性能が可能とする。藤本氏も小泉氏の施工レベルを知った上で設計を考えている。性能と間取りの関係性を熟知した2人のスキルとノウハウが可能とする設計だ。
外構というフレーム
住宅デザインと外構デザインは一体だ。どんなに住宅設計がかっこよくても、外構のデザインが連動していなければ住まいの魅力が半減する。外構の設計施工に対しても手を抜かないのが小泉流。
駐車場から車を出せば、家族がアウトリビングを楽しむ庭となる。そんなメッセージともなり、外構スペースの中心にあるのが檜のベンチ。ベンチを置くだけで駐車場としてだけでなく多機能な空間を作り出す。思わず座りたくなるベンチは、家族や友達との語らいの場になるだろう。外構スペースから玄関ポーチ、そして室内の土間空間へとつながり、全ての空間が一体のデザインとなっている。藤本氏が重要視している中間領域がしっかりと機能し、全てのスペースが「居場所」となる。まさに「多機能なフレームを持つ家」の完成となった。
〈Crossover Talk#02.に続く〉
editor
君島貴史(きみじま・たかし)/1975年東京生まれ。横浜を中心に150棟以上の建築家との住まいづくりに携わる。デザインと性能を両立した住宅を提案し続けています。「愉しくなければ家じゃない」をモットーに、住宅ディレクターとWebマガジン「andarchi」の編集を行っています。
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