狭小地で隣家が迫る敷地条件で、モデルハウスの設計プロジェクトが始まった。設計力という魅力を伝えたい森田氏の狙いを込めたモデルハウス計画。建築家戸高氏はこの狭小という敷地条件の中に可能性を見い出していく。
MORIKEN HAUS 青地の家モデルハウス [ 設計:トルム建築計画事務所 戸髙仁人 施工:MORIKEN HAUS 所在地:滋賀県草津市 ]
狭小地の可能性を考える
Feature|Nov.2022敷地の可能性を探る
森田氏は、設計の可能性を考えながら土地と向き合う。不利な条件があっても設計力でメリットに変えることができないかを想像しながら土地のチェックをしていく。市街地で土地を探している方にとって、100点満点の土地を購入することは難しい。むしろ必ずと言っていいほど、何かしら条件は付きまとう。その条件が決定的な不利かどうかの確認をして、解決可能なレベルであればコストパフォーマンスの高い敷地になるかもしれない。
そんなことを考えながら土地の評価をしていく。そのためには、住まい手の暮らし方を事前に把握し、その敷地で住まい手の要求品質が叶うかどうかを想像しなければならない。建築に対する経験値と敷地を読み解く能力の両方が無ければ判断ができない作業となる。
住まい手にとって一生に一度の買い物になるのだから、評価の仕方も自然とシビアになる。シビアであるからこそ、すぐに購入することを勧めたりはしない。しかし、そんな中でも「これは!」という土地に会うことがある。その時に、住まい手に「こんな住まい方が可能です」という想像をしてもらうのが一番難しい作業となる。
いざ土地を購入しようと思うと他の人に買われてしまうケースもある。土地の購入を決定するのは、ある意味、即決即断でなければならない難しい決定だ。スピード感を求められるだけに日ごろからのコミュニケーションを欠かすことはできないという。今回のモデルハウスは、「こんな住まい方が可能です」という想像をしてもらいやすくするために進めたプロジェクトでもあった。
狭小地の可能性を考える
狭小地は様々なデメリットを抱えている。そもそも大きな建物が建てられないとか、隣家が迫っているケースが多いため明るさの確保やプライバシーの担保が難しくなる。森田氏は、このような不利を抱える土地をモデルハウスの候補地とした。不利のある土地をモデルハウスの敷地とすることで設計力を体感してもらいたいという狙いがあった。戸高氏は森田氏からの依頼を受け、モデルハウスの設計に挑む。難しい条件であればあるほど、設計者のモチベーションは上がっていくようだ。
土地の特性を整理
戸高氏は、設計にあたり土地を入念にチェックした。土地の間口は狭く、ウナギの寝床という表現がぴったりな土地だった。東南の方角に接道し、日照の確保は問題ないように思えた。しかし、前面道路は大通りとつながっており、抜け道利用が多く車の往来が頻繁だった。道を挟んだ畑は造成計画が進められており、多数の宅地が計画されている。従って、敷地は東南の方角に接道しているにも関わらず、道路側に大きな窓を設ける設計は適当でないと判断した。
敷地の両サイドには古い隣家が迫っており、人がやっと通れるほどの間隔しかなかった。住宅設計において良い条件を探すことが難しいプロジェクトに感じていた。しかし、敷地の奥に入ってみると意外にもポジティブな感覚を覚えたという。囲まれてはいるものの嫌な感じはしない。この感覚が設計の起点となった。
間口2間の回答
1間の単位は1,820mmであるため、2間は3,640mmということになる。要するに建物幅が3m64cmという幅となっている。車を2台並べた幅とほぼ一緒であることを考えると、建物の幅としては決して広くはない。そのような条件の中、戸高氏はどのような回答を出したのだろうか?
前面道路は東南の方向に位置しており、採光計画上は有利な立地となっている。採光計画上は、良い立地と言えるが、通行量の多い前面道路となっているためプライバシーの配慮が必要となっていた。両サイドの隣家も迫っており、両サイドからの採光は限定的なものとなってしまう。このような敷地の条件下では、通常リビングは2階に配置するのが良いと思われるが、今回はあえて1階のリビング空間を選択した。
間口2間の建物は、全ての室内空間に連続性を持たせる。廊下や間仕切りは極力なくしていく。デッドスペースを無くしLDKを最大化していくことが狭小住宅設計のポイントとなる。吹き抜けは大胆に設け、多機能にしていく。2か所の吹き抜けが、明るさ・開放性・空気のサーキュレーションの機能を担保していく。戸高氏は、難しい敷地条件で1階のLDKを選択し、吹き抜け空間を多用し豊かな生活空間を設計した。
囲まれた敷地において光の入れ方は重要な設計ポイントとなる。道路側に面した壁に窓を設けない選択は、室内の明るさの確保を難しくする。建物の両サイドから光を取り込もうとすれば、隣家の状況によって窓の配置計画を大きく左右される。戸高氏は敷地の奥に入った時、嫌な囲われ感を感じていなかったという。それは、プライバシーを阻害する窓がほとんど無かったということだった。
この印象は設計に大きく表れた。LDKの両サイドの吹き抜けには、1・2階共に大きな窓を配置した。失礼ながら決してきれいとは言えない隣家の古い外壁が味わいのあるノスタルジックな壁に見えてくる。変に隠すより、大胆に開いてしまった方がいい感じになる。大きく開くことによって、窓の外の隣家の壁までが室内空間に感じる設計となった。
内に開く
景観の良い土地ではなく、四方囲まれた敷地に住宅を建てるケースは少なくない。むしろ、住宅街において後者の敷地条件の方が多いのではないだろうか。森田氏は、そのような囲われた敷地でも豊かな暮らしを提供したいという気持ちで住宅を提供している。
「内に開く」という発想は、設計事務所との家づくりにおいて有効な手段であると考えている。周囲の環境をしっかりジャッジメントし、メリットとデメリットの把握をしていく。デメリットを、ただデメリットと捉えずメリットと変化させた発想がすごいプロジェクトだと感じた。
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君島貴史(きみじま・たかし)/1975年東京生まれ。横浜を中心に150棟以上の建築家との住まいづくりに携わる。デザインと性能を両立した住宅を提案し続けています。「愉しくなければ家じゃない」をモットーに、住宅ディレクターとWebマガジン「andarchi」の編集を行っています。