リビングの定義は何か?家族の団らんの場、一般的にはソファーやテレビを置いて寛ぐ空間のことを言うのだろう。しかし、建築家飯塚氏の設計にはそのような定義は無いのかもしれない。住宅という限られた大きさの中に最大限の寛ぎをインストールする。その居場所の可能性を、飯塚氏とゼルコバデザインの日高氏は考察する。
[ 設計:株式会社イイヅカカズキ建築事務所 飯塚一樹 施工:ゼルコバデザイン(株式会社タウンメイト) 所在地:大阪府高槻市 ]
- 敷地面積:124.80m2 (37.75 坪)
- 延床面積:93.57m2 (28.30 坪)
- 1F床面積:51.34m2 (15.53 坪)
- 2F床面積:42.23m2 (12.77 坪)
- C値:0.2cm2 / m2
- Ua値:0.49w / m2・K
居場所の可能性
Feature|Jun.2022街並みの考察
建築家は地域の環境を意識して設計をする。その地域の歴史的な側面や習慣風習、近隣住民の性格など土地の物理的状況の他に様々な観点で捉えていく。その地域にしばらく建築物として残っていくものだから周囲の環境を無視することはできない。
ここは古くからある町並みで、道路幅員は広くはない。電柱がランダムに立つ道はノスタルジックな印象を与える。隣地の建物も迫っておりゆったりとした街並みとは言えない。飯塚氏は建物の配置を道路からなるべく離す判断をした。道路側に空地をつくることで街並みにゆったりと印象を与えたいと考えた。(図:Focus_1)
余白のある街並み形成が、その地域の印象に大きな影響を与える。新しく移り住んで地域の方々とお付き合いをしていく住み手に対する配慮も大切なことである。更には、街並みの風通しも改善する。清涼な空気感のある街並みを意識した配置とも言える。
西側に面した敷地条件
西側が道路に面した立地では、温熱環境上なかなか窓を大きく開くことが難しくなる。しかし、建築家はこのような立地条件を好む傾向がある。むしろ不利な条件は、設計事務所のシゴトの領域となる。これから土地の購入を検討されている方は参考にしてもらいたい教科書みたいな建物だ。
飯塚氏は、西側に窓を一つも設けないという選択をした。これにより、道路側から見えるファサード(建物の正面性)は、きれいに整えやすくなるのだ。グレー吹き抜け塗装壁を基調とし、玄関周りは黒のサイディングでアクセントを設けた。玄関ポーチには腰壁を設置しベンチを置く。アクセントの中に、プライバシーを確保しながら外空間の居場所を確保した。「気持ちを切り替えられる屋外スペースがほしい」という施主の希望を、デザイン性と共に解決した設計だ。(図:Focus_2)
一方デメリットとしては、西側に窓を設けないことで、唯一建物に囲まれていない道路側からの採光を遮断するということになった。室内の明るさや開放性に対する課題も同時に生まれてくる。この問題に対して解決策を講じることが建築家飯塚氏のシゴトの領域。
階段と少しの余白
東南の方角が少しだが開いている。私たちは光の入ってくる空間や景観の良い抜けた環境を開いていると表現する。そのポテンシャルを飯塚氏は見逃さない。飯塚氏は東南の空が広いと感じた。そして、その空を切り取り暮らしの中に入れたいと考えた。
東南の角に階段を設ける、それが飯塚氏の答え。階段はもともと上下を繋ぐ吹き抜け構造となっている。1階と2階の関係性を繋ぐ場所だからこそ、階段の位置を決めるのは難しい。一般の方が間取りを書くと概ねどちらかの間取りが成り立たなくなる。そのため階段の位置は、その建築の全体の関係性を決める大きな要素となる。
今回は、東南方向という採光条件として最も有利な方角に階段を置くことを決めた。階段ではなく、単にリビングの吹き抜けを設けるという選択もあるかもしれないが、建築面積の限られている場合、階段と吹き抜けを兼ねることは最小限の吹き抜け空間で最大限の採光を確保する結果となるのだ。
更に、飯塚氏は階段の吹き抜け部分を一回り大きくするという工夫を凝らした。大きさにして約一畳分だが、この一畳分の吹き抜けを広げた効果はとても大きい。その効果が感じられる場所がキッチンだ。キッチンに立った時、一畳分の吹き抜けを大きくしたことで、階段吹き抜けに設置された窓から空を望むことができる。飯塚氏は、設計時にそれが見えている。設計者の空間認識能力に驚かされる瞬間でもあった。(図:Focus_3)
居場所の可能性
吹き抜けを兼ねる階段の踊り場はスタディスペースとなった。スキップフロア的な踊り場は、リビングとして、そしてワークスペースやスタディスペースとして、実に多機能だ。自然光の差し込む開放感ある場所は、家族の大切な場所となっている。
踊り場を抜け階段を上がると本棚のあるスペースにつながる。このスペースは本の置けるランドリースペースとして設計された。その場所になんとなく椅子を置いてみる。すると開放感とプライベート感を両立した読書スペースとなった。
リビング、階段の踊り場、本棚スペースと吹き抜けを中心に程よい距離感の居場所がつくられていく。居場所の可能性は住み手によってもつくられていくものなのだ。余白や可変性のある設計は、住み手に暮らしの遊び心と変化するライフステージに対する許容を与えている。飯塚氏は階段を中心とした家族のコミュニケーションの場をつくった。
ゼルコバデザインの土地の見方
住まい手の理想の暮らしの実現には、土地のポテンシャルの見極めが不可欠。ゼルコバデザインの日高氏は、常に建築家目線で土地の良し悪しを判断する。土地の良し悪しをチェックするためには、様々な角度からの考察が必要だ。土地の大きさや形、方角や高低差はもちろんのこと、周囲の環境や全面道路の幅員などチェック項目は多岐に渡る。建築上、隠れたデメリットが無いか、住まい手の要求品質に合っているかなど想像力が試される。
良い家づくりは、間違えの無い土地選定から始まる。土地のポテンシャルと向き合う建築家との家づくりには欠かせないゼルコバデザインの機能なのだ。もともと不動産会社を営むゼルコバデザインの強みが、ここにあるのかもしれない。
navigator
君島貴史(きみじま・たかし)/1975年東京生まれ。横浜を中心に150棟以上の建築家との住まいづくりに携わる。デザインと性能を両立した住宅を提案し続けています。「愉しくなければ家じゃない」をモットーに、住宅ディレクターとWebマガジン「andarchi」の編集を行っています。