生じた①内外の、②空間の、③用途的な境界の全てを、あえて不明確に計画することで豊かな生活空間を追求。田辺氏の設計に対する感性が空間の最適解を導き出す。図面を見ているだけでは一見わかりづらい設計だが、その空間に身を置くとその意味が分かってくる。シンプルだが奥の深い設計に感動すら覚える住まいとなった。
河合工務店 愛知県東海市K邸 [ 設計:Masaaki Tanabe Architects 田辺真明 施工:河合工務店 所在地:愛知県東海市富貴ノ台 ]
- 敷地面積:261m2 (78.95 坪)
- 延床面積:86.94m2 (26.29 坪)
- 1F床面積:59.62m2 (18.03 坪)
- 2F床面積:27.32m2 (8.26 坪)
- C値:0.2cm2 / m2
- Ua値:0.41w / m2・K
描いた線が、境界となる
Feature|May.2022内外の境界を不明確にする
ここは愛知県東海市の閑静な住宅街。河合工務店の小林氏の自邸を建てるプロジェクト。もともと祖母が所有していた畑を利用し住宅計画が始まった。設計者は田辺真明建築設計事務所の田辺氏に白羽の矢が立った。田辺氏は土地の記憶を大切にする。祖母の畑だった土地の面影を新たなプロジェクトの中にもコンセプトとして残したいと考えた。
そこでコンセプトの中核としたのが「ポタジェ」。フランス語で家庭菜園を意味する。家庭菜園は小林氏の奥様の希望でもあった。土地の記憶は世代を超えて引き継がれていく。そのような土地の歴史にポテンシャルを感じた田辺氏の設計を読み解いていこう。
敷地の面積は79坪弱で十分な広さときれいな整形地。建築を設計するにあたりデメリットはあまり存在しない。この敷地の大きさに26坪の住宅を設計する。土地の大きさからするとだいぶ建築面積は小さい。その分、外の領域を豊かに使えると田辺氏は考え、駐車場の奥にはガビオン(鉄製のメッシュに石を詰めたもの)を設置して道路と建物を緩やかな境界線をつくり、ガビオン裏には家庭菜園を配置してリビングから眺められるようにした。
リビングから見えるガビオンの距離感、高さが絶妙に計算されている。あまり高くしすぎると道路(地域)との仕切りが強すぎて閉鎖的になってしまうと考えた。道路と建物の距離が程よく確保されているためプライバシーも保たれると判断した。リビングとガビオンの間には下屋部分の土間と家庭菜園が配置された。この下屋部分のエリアと家庭菜園が中間領域として存在しリビングの広がり感を創出している。
リビングから土間リビング、そして外部の土間から家庭菜園へと明確な境界線をつくることのない曖昧な空間を連続させることで空間の広がりをつくりだしていく。内と内、内と外、外と外。全ての境界線を不明確にすることは生活の幅を広げることになるのだろう。
空間の境界を不明確にする
内外の空間を不明確にするとともに、内部空間の境界も不明確にした。玄関がどこからどこまでなのか?リビング土間から土間収納へと連続し境界が曖昧になっていく。玄関収納を中心とした回遊性のある間取り計画となっている。土間空間の可能性を再認識する設計だ。外履きで使用する場所なのか、内履きで使用する場所なのかさえ不明確になった。土間収納はダイニングやリビングと接しているが全く違和感がない。むしろ、土間の回遊動線が効率的な生活導線を生み出している。どのように使ってもらっても大丈夫ですよという田辺氏の暮らしに対する寛容さと設計に対する大胆さが見え隠れする。
1階と2階をつなぐ吹き抜け空間もエリアの連続性を生み出す。吹き抜けは2階の寝室空間につながる。オープンな形の寝室だが1階からのプライバシーは一定程度担保されている。ベッドが吹き抜け側から適度に離れるように空間を広げた。ゆくゆくは子供部屋として2つに割ることもできるよう可変性も担保した。ライフステージがどのように変化するはわからないからこそ、空間の境界線を不明確にし、住み手の判断でいかようにでもできるようにした。一見、使い方が難しく感じる設計に見えるが、多様性を受け入れ想像を豊かにする設計とも言えるだろう。
用途の境界を不明確にする
田辺氏は用途の境界すらも不明確とした。リビングから玄関側を見てみると普段と少し異なった印象を受ける空間に感じる。それは、玄関の位置だ。リビングの掃き出し窓と隣り合わせで玄関扉があった。本来は、玄関扉とリビングの窓が横並びになっても、控え壁などワンクッション仕切りを設けたがるが、今回の設計は玄関がリビングと同居する形で並んでいる。玄関の位置はプランを考える上で最後に決まったらしい。
建築は一般的に玄関の位置と階段の位置で決まると私たちは考えている。しかし、今回のプロジェクトにおいて玄関の位置は、重要ではないとのことだった。まさに青天の霹靂とも言うべき田辺氏の発言だった。
田辺氏にとって普段使いの玄関は土間にあるテラスドア。テラスドアから子供が出入りする光景が見えていたようだ。テラスドアは外からは鍵がかけられない。子どもが帰ってくるのを母親が鍵を開けて待っている想定らしい。そんな家族の普段の日常があってほしいとの意図を込めている。テラスドアは家庭菜園で採れた野菜を運び込む場所であり、薪ストーブの薪を中に入れ込む場所でもある。日常的に使うメインの玄関はテラスドアであるという既成概念を超えた提案である。
どこで何をするかは住み手に任せる。2階の寝室もまるでリビング空間に感じるくらいだった。寝るためだけの空間ではなく、吹き抜けを介して連続性を確保しリビングとしての用途も兼ね備えているのだ。
田辺氏と小林氏の建築思想
設計者の田辺氏と施工者の小林氏はともに一級建築士の有資格者だ。「描いた線が、境界線となる」という境界線を限りなく不明確にする設計のあり方は、2人の建築のプロが取り組んだ結果でもある。有資格者同士だからこその一歩進んだ設計がある。お互いの理解があるからこそ成り立った設計を垣間見ることのできるプロジェクトだった。一般の方にも、今後の暮らしのあり方に一石を投じる物件となるだろう。
経年変化する住まい
住まいは時と共に成長するものだと田辺氏と小林氏は言う。外構計画で植えた植栽が成長し住まいの環境を良くしていく。家庭菜園の畑も成長と共に家族の食の楽しみを加えてくれる。無垢のフローリングの経年変化も成長と捉えている。自然素材は傷や汚れ、酸化による色の変化など味わいとなって価値となる。
小林氏は今回の家づくりの竣工の際に、新しいYチェアを追加した。30年物のYチェアと新品のYチェアを並べて使用している。二つの椅子の色の違いや高さの違い、古いYチェアに追いついていく新しいYチェアの経年変化を楽しむのも小林流。
editor
君島貴史(きみじま・たかし)/1975年東京生まれ。横浜を中心に150棟以上の建築家との住まいづくりに携わる。デザインと性能を両立した住宅を提案し続けています。「愉しくなければ家じゃない」をモットーに、住宅ディレクターとWebマガジン「andarchi」の編集を行っています。