設計者と施工者
建築家田島則行氏は、千葉工業大学の准教授として教鞭をとりながら、一級建築士事務所テレデザインを主催している。住宅を中心に数々の賞を取りながら、団地再生などの様々な観点から暮らしにアプローチする。著書も執筆するなど活躍の幅を広げている。
田島氏は、株式会社クレイルの堀田氏よりモデルハウスの設計依頼を受けた。クレイルは奈良県生駒市を中心に設計事務所が設計する住宅の施工を行っている。今回は、田島氏と堀田氏が取り組んだモデルハウスを設計の段階から読み解いていく。
株式会社クレイル 奈良中山町モデルハウス [設計:テレデザイン 田島 則行 施工:株式会社クレイル 所在地:奈良県生駒市]
中間領域が家族の暮らしを豊かにする
Feature|Nov.2021建築家田島則行氏は、千葉工業大学の准教授として教鞭をとりながら、一級建築士事務所テレデザインを主催している。住宅を中心に数々の賞を取りながら、団地再生などの様々な観点から暮らしにアプローチする。著書も執筆するなど活躍の幅を広げている。
田島氏は、株式会社クレイルの堀田氏よりモデルハウスの設計依頼を受けた。クレイルは奈良県生駒市を中心に設計事務所が設計する住宅の施工を行っている。今回は、田島氏と堀田氏が取り組んだモデルハウスを設計の段階から読み解いていく。
意匠とは、設計者の設計思想のもとデザインされた造形。設計段階の意匠がどんなに美しくても、建築された住宅が美しくなるとは限らない。建築を進める段階で、工事者が自分のやりやすい工事方法や建築部材に変更してしまうことがしばしば。良かれと思ってやっていることが、設計の意図に沿わないことも。
設計事務所が計画したファサードやディティールを忠実に再現することが難しい。高い住宅性能を保ちながら設計事務所の設計思想を再現するという高度な施工が必要とされる。クレイルの工事部は、常に設計事務所のオーダーに正面から向かい合い結果を出し続けている。
建物のファサードは三角の切妻屋根と平屋部分のボックス形状が重なるデザイン。切妻屋根は、日本の街並みを構成してきた伝統的な屋根の形。街並みに自然と溶け込み安心感のあるファサードだ。建物本体を構成する切妻屋根のボリュームに平屋部分のボックス形状が重なり外観全体がどっしりとした構えになり安定感をつくり出している。三角屋根の中央に縦長のFIX窓を配置しバランスの取れたファサードとなっている。シンプルであり極端なアクセントを入れることなく柔らかい雰囲気を表現する。
柔らかですっきりとしたデザインに大きく影響しているのが屋根の形状。田島氏のデザインは屋根をなるべく薄くし、存在感を無くすこと。しかし、屋根を薄く施工するのは簡単なことではない。屋根の構造は屋根を支える構想材はもちろんのこと、断熱層、通気層、防水層、屋根材と多層になっている。多層になればなるほど、屋根の厚みは増しデザインに影響する。性能をしっかり維持しながら薄く施工するには、ディティール(施工図)の検討を綿密に重ねた上で現場の施工技術者に伝えていく必要がある。
屋根の縁(ケラバとも言う)は一般的に破風板(はふういた)と呼ばれる幅20センチほどのカバー材はつけられる。この破風板の幅の広さや色の濃さで存在感が際立ち家全体のデザイン性に大きく関わってくる。屋根の存在感が大きくなればなるほど、建築デザインが屋根で決まってしまう。それを田島氏は、「屋根が勝つと、家が負ける」と言っていた。そう言われて、周囲の街並みを見てみると「確かに!」と思わせる風景があった。多くの家は、屋根の存在感が大きく、思わず屋根に目が行ってしまう。家のファサードが屋根だけで決まってしまっている印象だ。
住宅のデザインは外構計画も併せて検討する必要がある。クレイルの家づくりは外構のデザイン無しには計画されない。外構と住宅デザインは一体なものとして設計されていく。
敷地は道路が南側に接する日当たりの良い土地。前面道路は敷地を正面に見ると右から左へ緩やかに傾斜している。この傾斜は自然と道路と敷地の高低差を生み出し、その高低差が外構に立体感を与え外部空間の表情を豊かなものにしている。
外構は駐車場と玄関までのアプローチの日常の機能的なエリアとアウトリビングの機能を持つ庭で構成される。庭の部分は、低い塀を設置し道路との緩やかな仕切りをつくることで生活のゾーンを生み出した。庭に植える植栽も建築計画の上で大切な要素となる。モミジやオリーブなど適材適所に植栽を配置し季節感の感じる楽しい空間とした。住宅を過度にデザインすることなく外構との調和を重視し、四季を感じさせる多様な植栽や高低差のある庭の表情がアクセントとなるようにした。
リビングには大きな吹き抜け空間を設けた。その吹き抜けには2つの窓がある。1つは南側に位置し、もう1つは西側に設置した。南側の窓は、外観デザイン上では三角屋根の中心に配置されている窓。外観のデザインを決める重要な位置に配置されながら、内部空間にとっても合理的な位置に配置されている。内部においては階段空間と連動する位置に計画された。2階からは外の景色を切り取るピクチャーウィンドウとなり、階段を降りる人を楽しませる窓になっている。
更に、午前中から午後にかけての光を引き込む窓としても機能し、リビング全体を明るくする。午後から夕方にかけては西側にある窓から光が入る。設計上、西側をむやみに開放すると夏場の西日を招き入れ室内の温熱環境に悪い影響を与える。しかしながら、田島氏は西日を吹き抜けの壁に反射するよう配置し、反射光が柔らかな光として感じられるよう配置した。吹き抜けに2つの窓が、一日の時間の移ろいを感じさせ豊かな時間を与えてくれる。
東側の窓の下には、もう一つ同じ窓が配置されている。この窓は、玄関横のモミジが見えるように配置された窓だ。上下に同じ窓が並ぶことで、均整の取れた空間になる。北側に振り返ると、キッチンの窓も同じ通りに配置され、階段を上った先にも同じ窓が配置されている。南北に同じ窓を4つ配置する設計となっている。人が歩く先には窓を配置し、心理的にストレスなく行き来できるよう配慮されている。それぞれの機能を持つ窓だが一定のリズムの中に同じ大きさで配置されている。建築家住宅としてのおしゃれな気遣いが感じられる。
リビング・ダイニングに沿うように奥行きのある縁側が、このモデルハウスの特徴の一つ。縁側は日本人にとって「気持ち良い場所」というDNAが組み込まれているかもしれない。縁側に座って日向ぼっこするという連想は誰しもがするのではないだろうか。陽気の良い日はアウトリビングとして活用し、普段はリビングの床が外に続き奥行きのあるリビングを演出する。
道路から一番遠いデッキ部分にはテーブルを配置し、プライバシーを確保したオープンスペースとして最適な場所となっている。縁側の手前側は土間の多目的スペースにもつながり、内と外との回遊性を楽しめる設計となっている。週末は思わず全ての窓を開け放って自然の風を感じアクティブな時間を過ごすというライフスタイルが目に浮かぶ設計だ。
趣味部屋は家づくりの際、贅沢品として扱われ優先順位を下げられてしまいがち。一家の主としては週末ライフの充実を図りたいと、隙あらば大人の趣味部屋を要望に入れたいと虎視眈々と狙っているはずだ。男同士で語らう空間は、お酒を共にして車や釣りやゴルフなど趣味の話を肴に盛り上がる。田島氏は、趣味部屋を道路に一番近い場所へ配置した。道路側に趣味部屋を配置することで、趣味部屋はリビングと道路の緩衝材となり通行人などのプライバシーから適度に距離を保つ役割を果たしている。突然の来客にも慌てることなく対応できる一時的な客間としても利用でき、意外と奥様の受けも良かったりする。
部屋の両側は掃き出しの窓を設け、それぞれ玄関ポーチと縁側につながるよう設計。外と中とがシームレスにつながる中間領域は開放性があり広く感じる。土間スペースは、靴を履いて過ごす外空間としての使い方からセカンドリビングとしての中空間としても使えるよう多機能に設計した。
セカンドリビングとして活用するためには高い住宅性能が必要となる。特に床がコンクリートの土間空間はクレイルの住宅性能が不可欠。基礎断熱を採用するクレイルの工法は、冬の寒い時期に土間空間を冷たくさせない。快適だからこそ土間空間をリビングとして楽しく過ごせる。子供のクラフトスペースや趣味の自転車をメンテナンスする場所になったりアクティブな家族にはピッタリな住まいではないだろうか?
田島氏はクレイルの施工性能を熟知した上で設計をしている。性能があるからこそ成り立つ空間設計がある。設計者と施工者の相互の理解が暮らしの楽しみの可能性を広げていく。家族の時間を大切し、豊かな暮らしを望む人に向けた田島氏と堀田氏の提案である。
editor
君島貴史(きみじま・たかし)/1975年東京生まれ。横浜を中心に150棟以上の建築家との住まいづくりに携わる。デザインと性能を両立した住宅を提案し続けています。「愉しくなければ家じゃない」をモットーに、住宅ディレクターとWebマガジン「andarchi」の編集を行っています。