7年前に建築されたクレイルのモデルハウス。色あせないモデルハウスの設計は、建築家矢橋徹の感性から生み出された。感性は最も説明のしづらい言葉だ。
矢橋氏は、その「感性」を形にし、その感性を言葉として「言語化」していく。感性をクライアントに理解をしてもらうことが建築家としての最大のミッションなのかもしれない。
クレイル モデルハウス [設計:矢橋徹建築設計事務所 施工:株式会社クレイル 所在地:奈良県生駒市]
いつも見ている風景を切り取る
Feature|Jul.20227年前に建築されたクレイルのモデルハウス。色あせないモデルハウスの設計は、建築家矢橋徹の感性から生み出された。感性は最も説明のしづらい言葉だ。
矢橋氏は、その「感性」を形にし、その感性を言葉として「言語化」していく。感性をクライアントに理解をしてもらうことが建築家としての最大のミッションなのかもしれない。
矢橋徹建築設計事務所を主宰しながら崇城大学工学部建築学科非常勤講師も務める矢橋氏は、常に建築の先頭に立とうと日々設計と向き合っている印象を持つ建築家。数々の建築のアワードで受賞し活躍の幅を広げている。
熊本を拠点とし活動をする矢橋氏の代表作としての「オモケンパーク」などは、とても興味深い一作だ。熊本の震災により被災した商店街にあるビルの再構築プロジェクト。解体を余儀なくされたビルの跡地を利用して、被災した地域コミュニティの活性化を目指したシェア拠点をつくる。小資本で最大の効果を目指すのも建築家の思考が試される。
詳しくは、矢橋徹建築設計事務所のオフィシャルサイトを読んでほしい。既成概念や固定概念を突破し、立地の特性や地域性、時代背景を捉えた作品と言えると思う。(矢橋徹建築設計事務所のオフィシャルサイトは、下記記載)
閑静な街並みとは言えない立地。東側には片側2車線の通行量の多い道路に面している。南側には住宅が立ち並ぶ。西側は畑と生駒の山を望む景観があり、西側のポテンシャルは高いと言える。温熱環境上、不利とされる西側をどう開いていくか。この土地の最大のポイントと言えるかもしれない。そのような環境下でクレイルのモデルハウスに挑んだ建築家が、前段でも紹介した矢橋氏。立地の特性、地域性などを考慮した設計を紹介していく。
建物構成は、母家棟と多目的スペースの棟の2つの構成からなる。現在ではテレワークなどの仕事の仕方が当たり前となり書斎などのスペースを始め将来の可変性を考えた多目的スペースを設けることが多くなっている。
7年前に建てられたモデルハウスだが、建築家は常に可変性を考慮した設計を考えており、現在のライフスタイルにも許容する設計となっている。可変性を考慮することは、将来の可能性を考慮することなのだと感じる設計だ。
さて、ここは前面道路に対する配慮が必須な立地であった。ロードサイドに面するため、騒音対策として母家棟には窓を設けないデザインとなった。クレイルの手掛ける住宅はそもそも高気密高断熱の遮音性の極めて高い住宅であるが、矢橋氏は音の問題に加え公共からのプライバシーの担保への配慮も含め窓を設けない設計となった。
本来、道路側は東側の採光を採り入れるには良い方向となっており、建物が建つ可能性の無い道路側は窓を設けたいところだ。しかし、今回の立地では東側を閉じる選択となった。それが、2つの棟で構成するという発想に至ったのだろう。
多目的スペース(平屋)を母屋の南側に配置することで、隣地からの利確をとり南側の採光を十分に確保する設計となっている。東側を閉じる設計をカバーするには十分な対策と言えよう。
生駒の人は、なんとなく生駒山に寄り添い向き合っていたいという。なんとなく生駒山を眺めたいという気持ちは、地域の人々の信仰の名残のようなものなのかもしれない。そのような地域性も矢橋氏は無視することは無い。
生駒山は、建築用地の西側に位置する。当然、住宅性能を考慮すれば窓を設けにくい方角となるが、それでも生駒山を望むことを考える。取材中、矢橋氏はこんなことを言っていた。「いつも見ているものを、切り取って見てみると違った見え方になる」。
何気なく見ている風景が、窓などで切り取ることでいつもとは違った風景に感じるというもの。ピクチャーウインドウとも表現されることもあるが、矢橋氏はもっと多機能な意味で「切り取る」という言葉を使っていたように感じた。
例えば、縦長の窓は横に動くものがより早い動きに見えるようになったり、横長の窓は横に広がる風景が強調されたりする。生駒山も全体を大きな窓で見ることでなく、横長の窓から眺めることで、いつもとは違った生駒山が見えるのではないかと考えたのだろう。当然、窓を小さくすることは温熱環境上、有利になる。
多孔質とは、多数の細孔(小さな穴)が開いている状態を言う。住宅においての多孔質とは、吹き抜けや階段吹き抜けのように上下がつながりを持つ状態であったり、部屋と部屋を完全に仕切ることなくつなげていく状態をつくることだ。
多孔質であればあるほど、空気の流れ道や光の通り道となり空間が一体として上質な状態になっていく。プライバシーを求めたがる現代において、それぞれの空間がつながりを持って影響していく状態をつくることは必要なことなのではないかと感じた。
今回のモデルハウスにも象徴的な吹き抜け空間がある。キッチンの横に井戸のような吹き抜けを矢橋氏は設計した。この吹き抜けを通じて、将来子供部屋として利用するかもしれない空間に対してつながりを持たせ、家族の適度な距離感について考える機会を与えられればというメッセージが込められているように感じた。
夜は下からの明かりが井戸を通じて2階のダイニングの天井をほんのり明るくしている。間接照明の機能も兼ね備える光井戸として幻想的な空間を演出している。
設計の構成を考え答えを出していく作業は、自らの感性に頼ると矢橋氏は言う。建築家はそれぞれ設計の答えの導き方が違う。矢橋氏は設計を決めるのはあくまでも「感性」。その感性に従って導きだされた設計の答えを住まい手にわかりやすく説明する。
建築家にとって大事な仕事は感性を言語化すること。設計の意図や住み手にどのように住んでもらいたいかを丁寧に説明していく。住み手と感性を共有できた時、建築家の仕事は完了するのだろう。
田端氏は、クレイルで設計者を目指し、建築の仕事をしている。入社当初は工事部で仕事を覚えた。現場での仕事を覚えることは良い設計者になっていくために必要な経験だ。その経験を活かし、現在は建築コーディネーターとして建築家との家づくりをサポートしている。
現場を知るからこそ、間違いのない住まいを提供できる。設計者を目指す田端氏は、建築家の設計の意図をしっかりと受け止め、住まい手を間違えの無い住まいづくりへとアテンドしていく。建築家との住まいづくりは楽しい。その感覚を住まい手に伝えていく仕事をしている。
内外の緑は空間のアクセントとして大切なものだ。田端氏は、建築家矢橋氏と空間の仕上げとして観葉植物の選定をした。建築家のイメージと田端氏のイメージを共有しながらの楽しい植栽選び。どの場所に、どんなグリーンを置くと効果的かを創造しながら選んでいく。建築家の感性を植物選びの場面でも感じることができた。
リビングの先のバルコニーの奥にグリーンを置くことで、室内からの目線がグリーンに引き寄せられ空間の広がりを感じさせてくれる。道路からもバルコニーに置かれたグリーンが建物を柔らかな雰囲気に変化させてくれる。グリーンの横に椅子を置けば、木陰の落ち着いた居場所となった。植物はいくらあっても邪魔にはならない気がする。空間の仕上げは、好きな植物をあしらって暮らしに彩を与えてみてはいかがだろうか?
クレイルの家づくりは、設計・インテリア・外構ガーデニングの調和が大切だと考えているようだ。
■ 矢橋徹建築設計事務所のオフィシャルサイト(オモケンパーク)
>https://yabashi-aa.com/works/omokenpark/
editor
君島貴史(きみじま・たかし)/1975年東京生まれ。横浜を中心に150棟以上の建築家との住まいづくりに携わる。デザインと性能を両立した住宅を提案し続けています。「愉しくなければ家じゃない」をモットーに、住宅ディレクターとWebマガジン「andarchi」の編集を行っています。