土地と家族の住まい方を紐解いていく
建築家 河添甚
ここは、神奈川県横浜市の閑静な住宅街。
横浜という地域は、坂が多く高低差を考慮しなくてはならない土地が多い。
住宅密集地では、高低差だけでなく光の取り込み方やプライバシーの配慮など検討すべき課題が多い。
建築家 河添甚氏がどのように土地と向き合い、家族の要望に対して答えを導き出したのか?
竣工後、M邸を訪ねることで、設計と暮らしについて回想する。
Jan.2021
計画地を読み解く

建築家は土地と向き合うことから始める。
計画地の特徴は様々だ。
道路と土地の関係性、傾斜地かどうか、東西南北による採光の検討、周囲の環境によるプライバシーと開放性の考え方など挙げればキリがない。建築家としての経験と知識を最大限生かして土地と向き合う。それが、プランニングの第一歩。
今回の計画地は、北側道路に面した土地だった。北側以外は、隣地の建物に囲われ設計的に難易度の高い立地だった。
建築家は、このような条件の土地に出会うと腕の見せ所と思うのであろう。
リビングが1階だと仮定すると通常、南側の隣地から距離をとって建物を配置し、南側に庭のスペースを確保することで光を取り入れやすい計画とするであろう。
しかし、今回の土地は、東側の隣家が既に南側に庭を配置して建てられており、隣地と同じく南側に庭を配置してもお互いのプライバシーを干渉してしまい楽しいアウトリビングとはならないと判断した。これが今回のプロジェクトの考え方の起点となった。
建築家の河添甚氏(以下、河添氏)の答えは北側リビング。採光の確保を考え建物の形状をコの字にし、北側にリビングを配置した。玄関までのアプローチは、コの字よって生み出された中庭空間を通過しながら玄関にたどり着くという一風変わった設計。
中庭に植栽したアオダモが訪れる人をおもてなしする。駐車場と玄関までの距離は遠くなるが、そのアプローチを楽しく歩いてもらおうとの狙いがあった。
中庭に面した外壁に朝からの光が反射して、1階のすべての空間を明るくする。2階は中庭を挟んで、主寝室と子供部屋が向きあう配置となっている。むしろ1階と2階の隔たりも無くし、中庭を通じて、全ての空間が緩やかにつながる設計だ。
家族の在り方に耳を傾ける
アプローチを抜け玄関に入ると、自転車を置けるほどの広く確保したエントランススペース。
玄関収納側とは2WAYとし使い勝手の良い玄関導線となっている。
玄関も中庭に面しているため、朝から反射光が入り照明無しで明るい空間となっている。
エントランススペースを抜けると奥様のワークスペース。
奥様はイラストレーターの仕事をしている。
最初は、玄関からオープンなスペースに配置された仕事部屋に少し戸惑いがあったが、常にオープンな状況が整理整頓のきっかけとなっているそうだ。
奥様のワークスペースの隣には、中庭に面したスタディカウンター。家族みんなが使う想定で河添氏は配置をした。しかし、実際住んでみると旦那さんの趣味の専用スペースとなった。カウンターの上には、常に趣味の釣り道具やハンドクラフトのレザー、そしてメンテナンス道具でいっぱいだ。
コロナ禍の期間、テレワークの日が多くなり家にいる時間が増えたという。仕事とプライベートのメリハリをつけるにも、この趣味カウンターが活躍している。
釣りのリールをメンテナンスしているときは仕事を忘れ、無になれる唯一の時間。みんなが使える中庭に面した特等席は、今のうちは旦那様が独り占め。そのうち、家族みんながアクセスするカウンターになるだろう。
旦那様の趣味カウンターを抜けるとLDK。玄関からLDKに至るまで間仕切りもなく空間が連続している。
この住まいの計画において、廊下と言う概念が河添氏には無かったのだろう。
人は通過するが、常にそれぞれ機能するスペースを通過する設計。廊下としてだけの空間は極力無くしている。
これが、限られた施工面積で最大の居住空間を作る出すテクニックとなっている。
建て主の家族の在り方にしっかり耳を傾けると、家族にとっての最適解が導き出されてくる。
リビングのアクセントはリビングイン階段
リビングと中庭は、リビング階段を隔てて緩やかにつながっている。
中庭から差し込む光がリビング階段にアレンジされて時間の経過や季節感を感じさせてくれる。
さらに、中庭が作り出す「外の吹き抜け」とリビング階段が作り出す「中の吹き抜け」が並ぶことで圧倒的な開放感と明るさを演出している。夜は、中庭のアオダモがライトアップされ中庭の外壁に反射し間接光として柔らかい明るさをもたらしてくれる。
これまでの住宅の階段は、いわば1階と2階を行き来する廊下という機能しかなかったと言ってよいだろう。
河添氏は、中庭に面するリビング階段を配置することで、階段に季節感や開放感、光庭の効果など多くの機能を付加している。
ファサード
ファサードとは、フランス語で建物の正面部分のデザインのことである。建築家は設計をする際、ファサードを大切にする。この建物も、やはり道路から見える面がファサードとなる。シンボリックなスクエアの窓が一つという極めてシンプルなデザイン。外から見たときに、内部の間取りが読み取れないように配慮もされている。
ただ、美しいというだけでなく、プライバシーと開放性という二律背反する課題に向き合い、建物が街に対してどのような関係性を持つかを考察する。戸建を建てる際、多くの建て主はどうしても個人的な価値のみで設計をしてしまいがちだが、建築家は、建て主と街との付き合い方まで想像する。
プライバシーを意識しすぎる現代の住環境においては、どうしても街に対して遮蔽的な設計を求めてしまうが、道路との高低差を利用しつつ緩やかに開いていくことも大切だと感じる設計だった。
ありのままのライフスタイル
今回の住まい手であるM夫婦は、いつもと変わらない日常のスタイルで河添氏を出迎えてくれた。その生活スタイルは、設計の打ち合わせをしているときに、お互いが共有していたライフスタイルだった。「楽しく暮らしていますよ」の一言がとてもうれしい。
家族ライフスタイルが、プランニングとマッチし想像した通りの暮らしを実践してくれている。暮らしを彩る家具や観葉植物を選んだり、育てたりすることも自然と楽しくなっていく。
ライフステージの変化に合わせる
子供たちも大きくなるにつれて、なんとなくプライバシーを求めてくる。壁や扉で仕切るのは簡単だが、距離や目線を遮ることで空間のつながりは確保する。家族それぞれのライフスタイルを尊重しながらも、つながりのある空間が成立しているのだ。
必要な時に、必要なだけの間仕切りを作り。また必要がなくなった時にはオープンにできるよう可変性のある空間づくりが大切だと河添氏は言う。家族みんながお互いの距離感を確認しながら暮らしていくことは、ライフステージの変化に対応していく大事なポイントかもしれない。
河添 甚(かわぞえ・じん)一級建築士事務所 河添建築事務所/1977年香川県生まれ。2002年大阪工業大学工学部建築学科 卒業。2003年プランテック総合計画事務所 入所。2010年|一級建築士事務所 河添建築事務所 設立。香川と東京に活動拠点を構える。土地のポテンシャルを読み解き暮らしの最適解を導き出すことを心掛けている。
editorial note
建築家との家づくりは、設計者の意図だけに沿った設計になってしまわないかと建て主は不安に思うかもしれない。
建築家と建て主が深く話し合って計画をした住まいに、計画通りの暮らしを実践する建て主。設計者と建て主の深いコミュニケーションと土地のパフォーマンスを生かしながら建てられた住まいは、家族にとって豊かな時間を与えてくれる。その豊かな時間を垣間見ることで、河添氏の暮らしに対する設計根拠がより確立していく。
君島 貴史(きみじま・たかし)
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